YOUは何しに海外へ?

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「アメリカへ行って演奏したい」と言っていた友人がアメリカで演奏している写真をFacebookに投稿しているのだけれど、すべて日本人かアジア人と一緒だった。場所はアメリカなので嘘は言っていない。言っていないのだけれど、一体どんな価値があるのだろう、という疑問は残る。「アメリカで買い物がしたい」と言って、現地のフリー・ワイファイを使って楽天市場で買い物するのと同じではないか。わざわざアメリカまで行く理由がないように思える。

アメリカの某有名音大へ留学した友人たちも、日本人と一緒に演奏しているのがほとんどだ。それも現地にずっと住んでいる人ではなく、自分たちと同じ留学生である。日本人と一緒に演奏するのが悪い、というわけではない。ただ、日本でできることをアメリカへ行ってやる意味があるのか。思い出にはなるかもしれないが、何十万、何百万円というコストをかけるほど価値があるものではないだろう。

アイルランドへ留学して「家にバスタブがない」「家賃が高い」「寒い」と憤っている人もいた。アイルランドに限らず、欧米では「毎日お湯に浸かる」という習慣がないため、バスタブがない家が多い。また、家族で住むかフラット・シェア(ルームシェア)が基本であるが、その人は同居人と上手くいかず、一人暮らしをしていたため賃料が高かっただけだ。気温に至っては、地図で見れば北の方にあるのだから、見ればわかるはずである(それでも東北、北海道よりずっと暖かい)。ようするに、日本で住んでいるのと変わらない環境で海外に住みたかったわけだ。

「海外の演奏を聞きたい」と言う人がいる。「自分の実力が世界で通じるが試したい」と言う人もいる。どちらもYouTubeを使えば済む話だ。「現地へ行って自分の肌で感じないと意味がない」というのは、言い換えれば「現地へ行かないと自分には理解できない」という能力不足の証拠だ。能力不足は悪ではないが、それを誇らしげに語るのは馬鹿であるとしか言いようがない。

「外国人とコミュニケーションをとったり、異国の文化を経験したりしたい」と言う人もいる。これも大半はSNSを使えば事足りる。どうして直接触れようとするのだろう。たしかに海外ならではの違いはあるけれど、結局は同じ人間だから大した違いではない。日本国内でも田舎と都会とか、若者社会と高齢者社会とか、ギャップを体験できるものはあるのに、なぜ海外にこだわるのか。

つまるところ、海外へ行くメリットは「海外へ行った」という経歴が持てるくらいしかない。今はまだ海外経験がステータスになるけれど、今後は価値が下がっていくだろう。それでもなお海外へ行こうとする人がいる。一体、何をしに行くのだろう。

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