1枚の皿

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とあるデパートの食器コーナーに、1枚の皿があった。どうやら人気の皿であるらしい。

櫻井の妹はその皿を大層気に入った。彼女はまず、その皿を使ってどんな料理を作ろうか考えた。食材と皿、どちらも活きる料理は何か思案した。また、テーブル、テーブル・クロス、他の食器など、どういったシチュエーションで用いるのがベストか知恵を絞った。

一方、櫻井の友人もその皿を大層気に入った。彼女はまず、その皿がどんな材質で出来ているのか興味津々だった。1度壊して、強度はどれくらいか知りたいほどだった。可能であれば自分で作ってみたいと思い、構造に着目した。

櫻井自身、その皿を大層気に入った。櫻井はまず、その皿がどうして人気なのかを考察した。そもそも本当に人気なのか、人気を装ったコマーシャルなのかどうかを疑った。これらを検討し、思い付いたアイディアを、自分の仕事に活かせないだろうか、という点に関心を持った。

多少脚色してあるが、実話である。1枚の皿で、人間の違いがこれほど浮き彫りになるのだ。ごく身近な人だけでこんなに違うのだから、新しい環境で出会う人はもっと違うと考えていいだろう。ましてや外国人など、違う国の人である(真理)。人によっては、これらの違いをなくそうとするかもしれない。本当はどんな料理を作るか一緒に考えたいのに、周りに気を使って一緒に皿を壊したりするわけだ。想像して欲しい。大変危険である。

人の違いは浮き彫りになる、これは避けられない。かといって、違いを受け入れるのも難しいと思う。基本的に人は自分の価値観を優先する。というか、優先しているものがその人の価値観なのである。もちろん、受け入れられるに越したことはないけれど、受け入れられないからといって自分を責めることはない。受け入れらないのが普通、くらいに思っておいてよろしい。

ならば、どうすれば良いか。櫻井は違いをなくそうとせず、受け入れもせず、楽しめればそれで良いと思っている。櫻井は料理にまったく興味がないけれど、妹の話は楽しんで聞けると思うし、皿を壊すという友人のアイディアは斬新で純粋に面白く思う。自分のこういった話を彼女たちも喜んでくれたらとは思うけれど、強制はしない。腹を立てるかもしれないけれど、それも自由だ。

すべての人と仲良くするよりは、すべての人を楽しむ方が容易である。それは、自分自身の選択だからだ。

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