我流

自己流」とも言います。辞書いわく「正規の流儀、作法にのっとっていない、自分独特のやり方」のことで、こと楽器演奏に関しては「講師や経験者に教えを乞うことなく、自身の力だけで鍛錬する行為」という意味で用いられることが多いです。たとえば、音源やライブ映像を見よう見まねするのがこれにあたりますし、「教本を買って読む」「レッスン動画を見る」といった行動も我流に含まれるでしょう。教本を書いているのも動画を配信しているのも講師や経験者ですので、すでに我流でないような気もしますが、「乞う」という言葉に表れているように、講師や経験者とコミュニケーションを取っていたか否かが我流であるかどうかを決めるポイントなのでしょう。

我流は優れている」という、誰かに教えを乞うことは恥であり、自身の力だけで鍛錬することに美しさがある、という考え方があります。特に、ロック・ミュージシャンに多い傾向ではないでしょうか。著名なアーティストの「俺は誰にも教わらず、我流でやってきた」という風な発言を、「誰かのレッスンを受けてしまうとその人の物真似になってしまい、本来の自分が生かせなくなる」などと曲解しているきらいがあります。レッスンとは、講師のアイデンディティを押し付けるものではなく、生徒の我流を引き出すものです。つまり、我流とレッスンの関係は並列ではなく、ゆえに、両者に優劣は存在しません。



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幼い子どもは親や兄弟など、人生の経験者に人生を教わります。彼らから強い影響を受けることはあっても、彼らと全く同じ道を歩むことは不可能です。人にはそれぞれの決断があり、我流があり、これらが人生を形作ることによってアイデンディティが確立されていきます。これが自立です。ミュージシャンの自立も同様で、我流抜きの自立はあり得ません

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