親友たちの共通点

とある牧師の話です。ある時、彼は「誰が自分の親友と呼べるか」と、多くの友人たちの中から、特別な友人たちをピックアップしました。その友人たちが、どうして特別なのかを考えた結果、共通して「励ます人」だったそうです。「はたして、僕にはそんな特別な友人がいるだろうか」と思いましたが、パッと思い浮かんだだけで8人もいました。本当に、恵まれていることだと思います。なかなか面白い試みなので、僕にとっての特別な友人たち、つまり、親友たちの共通点を探してみたいと思います。

まず、2人を除いて全員、高校時代の同級生、または後輩です。よって、年齢はそれほど離れていません。うち2人は、高校在学中に「こいつとは絶対やっていけん」と、苦手意識を持っていた相手でした。おセンチ満載の思春期にできた友人たちなので、他の友人たちに比べると、思い出が濃いです。男女比は男性5人、女性3人で、男性がやや多めです。職業別に見ると、福祉関係が3名、芸術関係が3名と、だいたい2分しています。あと、全員たぶん日本人です。

国籍以外で全員に共通していることもあります。1つは、「嫌われても構わない」と思える存在です。決して嫌いになって欲しいわけではありませんが、向こうが僕のことを嫌いになっても、僕の気持ちは揺るがないでしょう。好きとか嫌いとか、そういった感情的な面を超えた存在である、ということです。裏を返せば、僕と彼らの関係は、決して相思相愛ではありません。8人の中で、すでに僕のことを嫌っている人もいるかもしれません。同じ気持ちであれたらとは願っていますが、僕には判断できません。片思いです。



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また、「大きな影響を与えてくれる存在」です。彼らから受ける影響は、生半可なものではありません。彼らに出会ってなかったら、確実にドラムは叩いていませんし、留学もしていません。教会には行っていたかもしれませんが、たぶん、途中で断念していたでしょう。いつか超えたい最大のライバルが2人いますし、「こいつには絶対敵わない」と、僕を諦めさせた友人が2人もいます。互いに影響し合える存在でありたいのですが、はたして僕が彼らに影響を与えられているかどうか、怪しいところです。

そして、言葉にすると非常に恥ずかしいのですが、「世界中を敵に回しても味方に付きたい存在」です。彼らのうちの誰かが、経費で温泉へ行って号泣会見したり、麻薬取締法違反で捕まっても、僕は、彼らをえこ贔屓するでしょう。もちろん、犯した罪は償わなければなりません。しかし、最後の最後まで、擁護するのをやめないでしょう。どちらかというと、これは感情的な判断です。2つ前の項と矛盾していますが、こういった矛盾が許容できる相手を、親友と呼ぶのかもしれません。

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