自由研究

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小中学生に対して出される課題の1つ。主に夏の長期休暇、通称『夏休み』の際に課せられることが多い。「生徒自身が研究のテーマを決め、研究内容を提出する」という趣向だと思うのだけれど、櫻井の通っていた小中学校では工作も認められていた。工作の過程を資料にまとめたならば研究と言えなくもないけれど、工作した結果、つまり作品だけを提出する行為を果たして研究と呼べるのか疑問である。学校側は、「生徒に研究させたい」というより「なんとしてでも課題を提出させたい」を重要視しているのだと思う。大っぴらに「ずるをしろ」とは言えないが抜け道はあるぞ、という社会のルールを暗喩しているのだろう。しかし、小学生にそんな暗喩が伝わるだろうか。もっと端的に、はっきり言えば良いのに。POISON。

自由研究が他の課題と大きく異なる点は、「何を研究(工作)するか、自分自身で決めなければならない」ということ。タスクではなく、クリエイティブが目的なのだ。「自分の好きなことができる! いえい!」と前向きな小学生もいれば、「なにをすればいいのかわからん!」と思い悩む小学生もいる。どちらかと言えば櫻井は後者で、大人になった今でも思い悩んでいる。「自由研究ですから、課題をやるかやらないかも自由なのでは?」と教師に訴えたこともあったが、聞き入れられることはなかった。不本意ではあるが仕方がないので、泣く泣く涙をのんで、やむを得ず辛酸をなめるような気持ちで母に工作を頼んだものである。おかげで母は工作が得意になった。感謝していただきたい。

そんな櫻井でも、ちゃんと自由研究したことがある。小学5年か6年生のころだったと思うけれど、ジャズの歴史をノートにまとめて提出したのである。といっても、ネット・サーフでたまたま見つけたホームページの内容を、ほとんどそのまま書き写しただけなので、あまりクリエイティブな行ないとは言えない。強いて言えば、今ほどパソコンが普及していない時代にインターネットを活用したこと、A4ノート1冊すべて使い切る予定だったのを「ノートを半分に切れば書く量も半分になるんじゃね?」という思い付きでノートを裁断した点に関してはクリエイティブかもしれない。

大人になればもう自由研究をすることもないだろうと思っていたけれど、大学の卒業論文はかなり近いものがあった。文字を書くこと自体は苦にならないのだけれど、言語が英語な上にテーマがドラムについてだったので、どこにも自由がなかった。苦痛な点が加わると、クリエイティブはタスクに変わってしまうのかもしれない。

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