受験

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ある特定の教育機関へ入学するために必要な試験のこと。場所によって試験内容は異なるが、国語、数学、理科など、学校設定教科の筆記試験である場合が多いらしい。入学を認められるためには、試験を受けるだけでなく、一定以上の点数を取らなければならない。そのため、受験を控えた人たち、いわゆる「受験生」は非常に長いスパンで受験対策を行なうそうだ。「らしい」だの「そうだ」といった不定で書いているのは、櫻井自身に受験の経験が一度もないため、実際どういったものか把握していないためである。ただなんとなく、年が明けたころから各企業が「受験フェア」と銘打った宣伝を行なっているので、今の時期に受験を行なう教育機関が多いのだろうな、と想像している。

受験対策とは、主に勉強であるらしい。書店には教科ごとに赤い表紙の分厚い本が山積みされていて、たぶん、あれを参考に自主勉強しているのだと思う。「数学勉強している俺、格好良い」という思惑で1度だけ手に取ったけれど、表紙の裏、つまり、1ページ目の1行目すら理解できなかった。きっと東大志望者向けの難しい本だったのだろう。また、学校の授業だけでなく、塾通いするのが一般的らしい。塾に熱中するあまり、学校へ行かなくなる人もいるそうだ。中学時代、友人の付き添いで近所の塾に体験授業しに行った際、講師がホワイト・ボードに字を書くたびに「それ、どういう意味ですか」と質問していたら、周りの生徒から「授業が進まないから黙って」と注意されてしまったことがある。ようするに塾とは、不足を補うために利用するものではないのだ。塾に限らず、習いごと全般に言えることかもしれない。

受験に合格すれば、受験した教育機関の入学権を得ることができる。「勉強しに行くために勉強するなんて、本末転倒ではないか」と思いきや、入学で得られるメリットは思いの外多い。代表的なものは「コネクション」と「学歴」である。特に後者は、教育機関でしか手に入らない。1度取れば失うことはないし、持っていても損はないが、かつてのような学歴社会ではなくなってきているため、効力は年々減ってきている。人によっては「遊ぶ時間」「学生という身分」に魅力を覚えることもあるらしい。学生でなくとも遊ぶことはできるが、どうも「社会人になっても遊んでいるのは格好悪いことだ」という風潮がある気がしてならない。ある人は、大学受験に合格した子に「入学したら、まず遊べ」と言っていた。微笑ましい光景である。

周りにいる受験生の話を聞いていると、すべからく「勉強したくない」と言っている。「したくないなら、しなければいいのでは」と櫻井は言うのだけれど、「そういうわけにはいかない」だそうだ。変な話だと思って聞いていたけれど、そういえば櫻井も「ドラムを叩きたくない」と言っているな、と気が付いた。受験生にとって勉強は、労働とほとんど同義なのだろう。いずれ働かなければならないのだから、今のうちから腹をくくるのも悪くない。

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