学生の生徒様で、「歴史の中でも明治維新が苦手」とおっしゃる方がいました。理由を訊くと「登場人物が多過ぎて覚えられない」とのことです。同じ理由で明治維新(というか歴史全般)を嫌う友人も「名前を覚えることに何の意味があるのか」とおっしゃっていました。たしかに、歴史の授業の大半はテクニカル・タームを「記憶する」こと、つまり、漢字や語句を覚える国語の授業とほとんど同義であるような気がします。
僕は基本的に勉強ができず、歴史も例に漏れず苦手なのですが、日本史の中で明治維新は比較的(むしろ唯一)得意な分野かもしれません。というのも、僕の母が坂本龍馬のファンで、家に坂本龍馬関連の書籍がいくつか鎮座していたのです。同じ本を繰り返し読むことはあまりなかったのですが、小説や漫画、歴史本など、アプローチを変えて同じ歴史をトレースしていたので、自然と登場人物名も覚えていったのだと思います。
音楽も似たようなもので、知識や技術を蓄えていくための基本は「反復」です。ドラムで8ビートをマスターするためには、ひたすら8ビートを反復して演奏する必要があります。しかし、同じ曲で同じ8ビートを反復するのは、同じ書籍を繰り返し読むのと一緒で、多くの人にとってモチベーションが下がってしまう行動になりがちです。同じ8ビートで、いろんな曲にアプローチした方が反復しやすい、つまり、身に付きやすいのではないでしょうか。
講師の仕事の1つは、この「反復」を演出することにあります。たとえば、「坂本龍馬を知りたい」という方に『竜馬がゆく』を読ませようとしても、「え、この分厚さであと4巻もあるの?」と辟易されてしまうでしょう(司馬遼太郎が刺さるならこの限りではありません)。絵が多めの歴史本から始めたり、新撰組や勝海舟といった別視点や、三谷幸喜作品みたいな変化球を折り混ぜたりすることで多角的に坂本龍馬をプレゼンし、興味を引き続けるわけです。
余談ですが、幼少のころ、『燃えよ剣』を読んだ母が「新撰組はあかん。あんたも坂本龍馬みたいになりんしゃい」と言ってきた思い出があります。幼心に「そうか、新撰組はあかんねや」と鵜呑みにしていたのですが、僕が幕末のキャラクターの中で最もシンパシーを覚えるのは土方歳三です。