未来の考察

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大学でジャズ音楽史、西洋音楽史、民族音楽史を勉強していて思うことが2つあります。ひとつは、「歴史は繰り返される」ということ。もうひとつは、「時代によって求められる音楽の形が変化する」ということです。たとえば、バブル全盛期だった1980年代の日本では、テクノ・ミュージックなどの人工的なシンセ・サウンドや、アップ・テンポな音楽が好まれましたが、不況が始まった90年代になると、いわゆる癒し系音楽や、海の音、鳥のさえずりといった自然環境音楽が好んで聴かれるようになりました。

近年の日本の音楽事情を考察すると、中田ヤスタカ氏のプロデュース作品や、初音ミクを筆頭としたボーカロイド作品などの電子音楽が求められており、また、80年代に活躍したバンド・グループの再結成が増えていることから、バブル期への回帰という傾向が見られます。

好景気とは言えない今の日本で、なぜこのような音楽が求められているのでしょう。考えられる原因のひとつに、便利な世の中になったということが挙げられます。携帯電話はメール、インターネットはおろか、ゲーム、音楽プレイヤー、さらにGPSや電子マネーといった小型多機能端末「ケータイ」へと姿を変えました。オンライン・ショップは店頭と同じ、あるいはそれよりも安い値段で商品を買えるようになり、送料無料も珍しくなくなりました。SNSを使った情報伝達は、TVや新聞の数倍速く、かつ早いのです。このような技術の進歩は、少なくとも90年代の頃よりも人々の心に余裕をもたらしており、その結果、バブル期にも似た活気に満ち溢れた音楽が求められるようになった、と考えることができます。

ここまで書いた歴史の考察は、ハッキリ言うと大して意味はありません。10年後、あるいは40年後にも同じことができるからです。それよりも今、この瞬間を生きている私たちにしかできないことがあります。それが未来の考察です。もちろん、未来はこれから作られていくものであり、あらかじめ決められているものではありません。しかし、運転中ボールが道路に飛び出してきたら「子どもが追いかけて飛び出してくる」といった予測ができるように、「ボールが飛び出してきた」という現状を把握できれば、ある程度未来を推測することは可能です。

もっとも考察しやすい未来は、言うまでもなく自分自身の未来です。自分が今、どういう状況にいるのか、どうなりたいのか、どう行動したいのか、他の誰よりも理解しているはずです。

恐縮ながら、櫻井の未来の考察を例に挙げさせていただきます。現在の櫻井のドラムは手数が多く、変拍子フレーズやメトリック・モデュレーションなど、テクニック寄りの演奏になっています。同級生からも「あいつは超絶技巧系だ」とか「派手な演奏が好きなんだね」といった評価を受けていますが、実際のところ、櫻井は人一倍不器用で、手も上手く動かせないし、変拍子も苦手な分野です。

しかし、社会に出てから「そういう演奏はできません、ごめんなさい」は通用しない、というのが櫻井の未来の考察です。櫻井は、テクニック系のドラマーになりたいわけではありませんが、周りのニーズに応えられるようにはなりたいのです。今年度の4回生は全体的にファンク・グルーヴを好む傾向にあるので、こっそり練習しています。これもちょっとした未来の考察です。

現状の把握と傾向の認識、それができれば未来は考察できます。そこに「自分はどうしたいのか」が加われば、自分の未来は決定的なものになります。そして、「自分はどうしたいのか」という言葉は、「将来の夢」という言葉にも置き換えられます。だから櫻井は、声を大にして言いたいのです。「夢は必ず叶う」というのは綺麗事でもなんでもなくて、極めて現実的に考えられた未来の考察の上に成り立っているのです。

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