「憎まれっ子世にはばかる」という言葉がある。「人の恨みを買うような人間が出世する」という少々ひねくれた言葉だ。これを「世の中は理不尽だ」みたく否定の意味でこの言葉を使う人もいるけれど、「周りの反感を買うほどに意思を貫いた者が成功する」といった肯定の意味でも用いられる。もともとどちらが正しいのか定かではないけれど、幼少期に読んだ本には肯定の意で紹介されていたため、櫻井にとっては肯定的なイメージが強い。
この言葉が強く印象に残っているのは、櫻井が憎まれっ子だったである。良く言えば「やんちゃ」だけれど、よく言われたのは「問題児」だ。母に言わせれば櫻井は「トラブル・メイカー」であるらしい。口より先に手が出るタイプだったので、クラスメイトからも教師からも忌避されていたと思う。
本によれば憎まれっ子は大成するらしいのだけれど、櫻井はちっとも成功していなかった。人を惹きつけるどころか、どんどんひとりぼっちになる。なんのひねりもなく、憎まれっ子は嫌われっ子なのだ。大人になった今も憎まれっ子のままだけれど、相変わらず世にはばかっていない。
こうした経験から櫻井は「『憎まれっ子世にはばかる』は正しくない」と思っていた。ところが周囲の話を聞いたり観察したりして、ある時「世の中は問題児だらけだ」ということに気がついた。櫻井のように目に見えて明らかな問題児もいれば、陰で悪いことをしている人もたくさんいたのだ。問題児じゃない、いわゆる「普通の人」を見つける方がよっぽど難しい。人間誰しも爆弾の1つや2つ抱えているものである。
このような統計から、櫻井はようやく「自分は至極まっとうな人間なのだ」という結論に至った。櫻井が思っているよりもずっと世界はひねくれている。櫻井の悪行も、その中では大海の一滴に過ぎない。大成しなかったのは櫻井が憎まれっ子でもなんでもない、ごくごく普通の一般人だからだ。誰にでも憎まれっ子になるチャンスが与えられている。大いに世界を敵に回していただきたい。