シュワちゃんになった日

 ある朝目覚めると、櫻井ティモは自分の身体がアーノルド・シュワルツェネッガーになっていることに気がついた。鉛のように重い両腕には、焼けた肌に太い血管が波打っている。天井に頭をこすりつけそうになりながら起き上がり、ふらふらと浴室の鏡の前に立つ。フレームに収まりきらない逆三角形の上半身。分厚い掌で角張った頬を撫でながら、細い、切長の目で己を睨めつけた。

「俺はどうかしてしまったのだろうか」
 太く、低く響いたそれが自分の声であると、すぐには気がつかなかった。自らの口から発せられた音は櫻井ティモのそれではなく、紛れもない、玄田哲章の声であった。背筋に稲妻が走る。かの「シュワちゃん」は吹替ではなく、己の声を持ってして銀幕に出ていたのだ! と。

「おい、起きるんだ!」
 まだ微睡に沈む妻の肩をゆさぶる。普段は寝起きの悪い彼女だが、この時ばかりは目を丸くしていた。伴侶が肉の達磨になっているのだから無理もない。しかし、そこは聡明な彼女、事情がわかるとすぐに妙案を持ちかけた。
「そないそっくりやったら、シュワちゃんのフリしてテレビ出れるんちゃう?」

早速知り合いのプロデューサーに電話をかける。流暢な日本語を使う元カリフォルニア州知事に、彼は大層困惑した様子だった。幾許かのやり取りし、インタビューが終わるやいなや、彼は言った。
「きみ、本物のシュワちゃんじゃないでしょ?」



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 これには櫻井ティモも肝を潰した。見た目も、声も、誰がどう見ても元ボディビルダーのアメリカ人俳優である。変化した当の本人が、自身の身体に違和感を覚えるほどそっくりなのだ。どうしてわかったのだ、と白状すると、プロデューサーは苦笑した。

「だって、シュワちゃんはそんなに猫背じゃないし」

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