阪神淡路大震災

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20年前の阪神淡路大震災の時、櫻井は7歳の小学1年生で、埼玉の家で母親と一緒にニュースを見ていた。ヘリコプターが上空から神戸の街を映している映像で、日が暮れているのに街全体がトンネルの中のように、火災によってオレンジ色に光っているのが印象的だった。いつも見ているテレビ番組が取りやめになっていること、死者・行方不明者数の多さを知って、とてつもない事態が今起きているのだ、と子どもながらに悟っていた。

櫻井が本当に恐ろしく思ったのは、阪神淡路大震災のニュースと一緒に流されていた「関東大地震は必ず起こる」という特集だった。当時、テレビの情報は今とは比べものにならないほどの影響力を持っていて、そのテレビが、阪神淡路大震災以上の規模の地震が関東にも起こる、と大々的に放映していたのである。それがあまりにもショックで、「僕は小学2年生にはなれないかもしれない」と、泣きだすくらいに怖かった。

それから櫻井は、いつでも避難できるよう避難バッグを用意し始めた。取手のついたプラスティックのケースに、母が買ったカンパンや缶詰、ゲームボーイや電池を入れた。水も入れたかったけれど、「水は必ず冷蔵庫に保管するもの」と思っていたため、いつでも持って逃げられるよう、冷蔵庫に常備しておいて欲しい、と母に頼んだのだった。ところが、母は笑って言うのだ。「大丈夫だから」、と。結局、水は常備されなかった。カンパンはお菓子の代わりに食べてしまったし、ゲームボーイもいちいち取り出すのが面倒になり、結局、元の位置に戻してしまった。

このエピソードを思いだして、櫻井はハッとする。今の櫻井は母同様、「大丈夫だ」と思い込んでいる。明日は必ず来るものだ、と勘違いしている。これは、地震などの自然災害に限ったことではない。明日が来るなんて保障はどこにもないし、このブログが投稿されるころ、櫻井が死んでいたって何も不思議なことではない。今、こうして生きている、この瞬間が奇跡的なことなのだ。明日は来ない、と恐れていた櫻井は、どこへ行ってしまったのか。あの頃に比べると櫻井は、生きることに油断している。いつも目を覚ましていなければ、と思う。

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