贈り物に花は喜ばれるのか

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卒業、結婚、出産などのお祝い、入院のお見舞いとして花を贈る風習がある。どちらも相手を思った自発的な行動であるが、少なく見積もっても過半数の人は惰性で花を贈っていると思われる。農林水産省の調べでも「1年間に1度も切花を購入しない世帯がおよそ6割」とあるし、花自体の売上も母の日・お盆・彼岸・年末年始に集中している。こういったイベント、慣例でないと花を買わないのだ。典型的な「形だけの行為」と言える。

まず、花は植物である。美しい姿を保つには水を換えたり、置く場所を考えたりしなければならない。ちょっとしたペットのようなものだ。こういった手間を相手に押し付ける行為とも言える。大袈裟に例えると、犬や猫をプレゼントする行為に等しい。また、花によっては臭いを発するし、虫が寄ったりすることもある。腐らせてしまえばゴミでしかない。

中には花が好きで、手入れも苦にならない人もいる。そういった人たちには喜ばれる贈り物だけれど、前述の通り、大多数の人は花に無関心なのだ。「こういうのは気持ちの問題だから」と言い訳する人もいるが、わざわざ形にしたところで喜ぶのは花屋だけだ。花屋に恨みがあるわけではないが、花屋を喜ばせるためにこちらに迷惑をかけられるのは御免こうむる。物にするなら、紙で折られた千羽鶴の方がまだ無害だろう。

こういった理由のため、櫻井は花を貰っても全然嬉しくない。愛想笑いができるほど器用でもないし、正直に「いらない」と言うか、態度に出すと思う。お互い嫌な思いをするだけなのだ。これは花に限った問題ではない。気持ちが大事だと考えるのならば、何を贈るかは相手を見てよく考えるべきだ。櫻井の場合、3,000円の花束よりも100円のギター・ピックの方が嬉しい。

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