見返す

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「1度見たものをもう一度見る行為」という他に、「見くびられたポイントを修正、向上することで、評価を改めさせること」という意味がある。国語辞書の定義では、「昔受けた侮りや辱めに対する仕返しとして、相手をしのぐ状態にある自分を誇示する」とあり、「自分を誇示することができれば、修正・向上すべきものは見くびられたポイント(侮りや辱め)に限定されない」ということがわかる。たとえば、同僚に「ブサイク顔」と罵られた人が、その顔のまま社長まで出世し、かつ同僚が自分よりも低い役職に就いている場合、自分を誇示できるもの(社会的地位の向上)があると考えられるため、見返すことができる、というわけだ。

インターネットで「見返す」という言葉を検索すると、「元カレを見返す」という風な、女性主体の恋愛をトピックにした記事が多く出てくる。内容はどれも似たり寄ったりで、「容姿(主に体重)を改善することで、自分を振った男に後悔させる」というものだった。繰り返すが、見返すことは「自分を誇示すること」であって、男の後悔の有無は無関係である。また、容姿の改善に成功したとしても、相手にも何らかの成長が見られるなどして、相手をしのぐことができない(=自分を誇示できない)場合、見返すことは成立しない。相手がどう成長するかはコントロールできないので、ギャンブルみたいなものだ。見返せればラッキーくらいに思っていないと、人生を棒に振ることになる。

見返せるかどうかは別として、向上するために行動し、結果を得るのは良いことだと思う。しかし問題は、「振った男を後悔させる」という下品な動機まで誇示しようとする人がいることだ。それはその人の汚点であって、決して誇示できるものではない。「振られたのがすごくショックだった。悔しかった」という気持ちは察するけれど、吐露したところで醜いだけである。さらに、「見返してやる」と言うだけで、向上するための行動に欠いている人もいる。当然、結果は得られないし、見返すことの本質を見誤っている。

男性は女性に比べ、見返すことをあまりしない。そもそも男性は、「自分が見くびられている」という事実を認めない、あるいは、それに気がついていない。変な潔癖さを持っているのだ。これが悪い方に向くと、たとえば彼女に振られた際、「あの女はクズだ」と別れた相手を攻撃し始める。これは非常にタチが悪い。「自分は悪くない」と思っているから女性のような向上心はなく、それでいて優位に立つため暴力で相手を蔑むだのだ。もう下品というレベルでなく、愚劣の極みである。

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