自分の作った曲が世界一格好良く聞こえる現象

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作曲あるあるのひとつ。自分で作ったオリジナルの曲を、必要以上に誇大してしまうこと。簡潔に言えば、「勘違い」である。楽曲の価値とは、本来数値化できるものではない(強いて挙げれば、売上くらいだろう)。何をもってして「格好良い」とするかは個人差があるため、自分1人で「自分の曲は格好良い」と思うだけなら誇大にならない。問題なのは、その主観的価値を、他者に期待する行為である。要するに、「自分が格好良いと思うものは、他者にとっても格好良いはずだ」と思ったら、それは勘違いである。

この傾向は、特に若いバンドマンに多く見られると思う。「自分たちの音楽で食っていきます!」という志を持って、日々「自分たちの音楽」を追及していくのは、まあまあ立派なことなのだろうけれど、それがビジネスとなり、金銭が生じるかどうかは全く別問題だ。タイプは異なるが、「自分たちが良い、と思えないものを披露するなんて邪道だ!」という考えも勘違いである場合が多い。「邪道だ!」と考えるのは当人たちだけで、顧客にはなんら影響がない(多少のコマーシャル効果はあるかもしれないけれど)。「自分たちの音楽で食っていきます!」を実現させるには、自分たちの音楽を確立させるよりも、「自分たちの音楽の需要はどこにあるのか」を考えた方が利益に繋がる。今も昔も、「食っていきます!」という割に、金儲けのことを考えないバンドマンが非常に多い。

櫻井も自分の曲をいくつかホームページに載せているけれど、そのほとんどが変拍子や複雑なリズムを用いている(参考「ミュージック」)。そのため、「ティモさんは変拍子や複雑なリズムの曲が好きなんですね」と言われることが多々ある。前にブログで書いたと思うけれど、櫻井は変拍子が嫌いだ。リズムを複雑にして何が面白いのか、とさえ思う。しかし、「自分がもっともパフォーマンスできる楽曲はなにか」、また、「どんな楽曲が求められているか」を考え、「一番結果を出せるのはドラマーらしい楽曲である」、という見込みがあったから、変拍子なり複雑なリズムの曲を作ったのだ。「Dingle Dangle」なんかはその典型である。ドラムのフレーズをレイヤー(重ね録り)し、それぞれのフレーズに音程を適当に当てて作った曲で、大学時代に作った曲の中で最も大きな反響があった曲だけれど、思い入れも何もない。逆に、個人的に一番好きな曲は「Ms. Silver」だけれど、びっくりするほどウケが悪い(試験でも最低評価だった)。まずタイトルが素晴らしい(と櫻井は思っている)のだけれど、結局は4拍子の、いたって平凡のバラードだからだろう。「他にもっと良い曲がある」、あるいは、「単純につまらない曲」というのが客観的な評価なのでは、と考えている。

また、「時間をかけたものほど素晴らしい」という傾向もある。たしかに、時間を費やせば費やすほど良い作品はできやすいけれど、ビジネスになると予算の問題があるし、締め切りだってある。つまり、「限られた条件下で、どれだけの作品を作れるか」がビジネスの根底にある。以前、「クリスマスへ向けてオリジナル曲を作って欲しい」という話が、櫻井ともう1人のミュージシャンにあった。「ボーカルが入る」「おそらくギターの入ったバンド編成」ということ以外、何も決まってなかった上に、クリスマスまで時間がなかったため、毛色の違う楽曲を5曲、2週間で用意して、立案者にどれが良いか選んでもらうことにした。すると、もう1人のミュージシャンは「自分で良いと思うものを選出すべきだ」とか「そんな短時間で作った曲は安易だ」というような発言をした。2週間で5曲のどこが短時間なのか、とは思ったけれど、何が良いか、安易かどうかを最終的に判断するのは立案者であって、作曲者の仕事ではない。作曲者の仕事は「曲を作ること」である。

結局、その人は1曲も曲を作ってこなかった。その人の方が音楽経験は豊富だし、櫻井よりも満足のいく楽曲を作るスキルはあっただろうけれど、曲を作って持って来られないようでは、作曲家とは言えない。至極当然のことなのだけれど、この辺を勘違いしている人も多い。「曲を作っている間」は作曲家ではないのだ。曲ができて初めて、作曲家は作曲家になれるのである。

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