練習と勉強の違い

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どちらも自身を鍛錬する動作のことだけれど、まったく異なるものである。辞書いわく、練習は「一定の行動を反復して行なうこと」、勉強は「学問や技芸を学ぶこと」とある。深く掘り下げる運動が練習で、幅を広げる運動が勉強と考えればわかりやすい。つまり、勉強なき練習はあり得ないということだ。Aを練習しても、Bを鍛えることはできない。Bを練習するためには、Bを勉強しなければならないのである。

いわゆる「練習熱心な人」にありがちなのが「勉強不足」だ。「今日はテンポ180の8ビートを3時間も練習した」といった具合に、自分が行なっている反復運動に満足してしまうケースが多い。学ぶ姿勢がなければ、いつまでも同じことの繰り返しだ。反復運動なら機械にもできる。機械になるのが目的と言うなら話は別だけれど。

逆に、いわゆる「勉強熱心な人」にありがちなのが「練習不足」である。自分は知っている、その知識に間違いはない、という状況に満足しているわけだ。たしかに、知っていることは強みになる。しかしこれも、知っているだけなら機械にもできるのだ。多くの場合、知識を活用するためには練習が必要だ。いくらデータが豊富でも、検索できなければ意味がない。

最も重要なのは、練習も勉強も本質でないという点だ。できる人は練習する必要がないし、知っている人は勉強する必要がない。誇るなら「練習した」「勉強した」より、「練習していない」「勉強していない」を誇るべきでは。無論、本当にできていて、知っていることが条件になるけれど。

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