写真は捨てにくいのか

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「写真は捨てにくい」という人がいる。理由を訊ねると「思い出があるから」という、よくわからないことをおっしゃっていた。思い出は物ではなく、心の中にあるものなのでは。「写真を見ることで思い出せることもある」という人もいるかもしれない。写真がなければ思い出せない思い出に、どんな価値があるのだろう。

そもそも櫻井は、写真を撮ることが稀である。撮るために立ち止まる時間が惜しいし、撮った後に見返す時間が惜しいからだ。物が溜まるのを嫌うし、データでも残していない。例外は仕事用の写真、つまり、他人に見せる必要がある写真や、メモの代わりに撮った写真くらいである。「共感して欲しい」とSNSに写真を載せる欲もなければ相手もいない。

同じ理由で手紙も捨てている。これについては他人からの贈り物なので、賛否両論あるだろう。櫻井は、捨てる、捨てないは受け取った側の自由であると思う。仮に櫻井が手紙を送る側の立場だったとしても、可能な限り早く捨てて欲しいと感じる。花と違い害のあるものではないので、悪い気はしないけれど(参考『贈り物に花は喜ばれるのか』)。

そういえば、大学の卒業証書を捨てようとしたら妻にこっぴどく叱られたことがある。「学歴の証明書になるから」というのが彼女の言い分だったけれど、今後学歴を証明する機会があるとは思えないし、よしんばあったとしても大学に問い合わせれば済む話だ。結局「捨てるくらいならちょうだい」と言うので妻にプレゼントした。今も家のどこかに転がっていると思う。

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