クラス分け

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「小・中学校のクラスは、生徒の学力テスト、体力測定などの結果が均等になるよう分けられる」という話を聞いた。体育祭などの学校行事で公平を期するため、らしい。能力別に分けた方が教える側も教わる側も能率が良いけれど、それができないのは「義務教育課程において、生徒はスタンド・プレイを控え、チーム・プレイに勤しむこと」という古い考えが根付いているからだろう。悪意ある言い方をすれば「出る杭は打つ精神」である。たびたび「日本の教育は閉鎖的で、1人1人の個性をもっと尊重した教育をすべきだ」と問題になるのは、このためだろう。

しかし、個性を尊重したところで社会に出れば「出る杭は打つ精神」を否応なく押しつけられるわけで、子どものうちから身をもって現実を知ることは間違いではないのでは、と思う。「いや、子どもにそんな思いをさせるべきではない」という考え方もある。それは本当に子どものことを思ってのことなのか。出る杭は打たれることなんか気にしていないし、他人にお膳立てされた個性なんて御免こうむる。

義務教育課程を離れた高校になると、成績別にクラス分けする学校も出てくるようだ。櫻井が通っていた高校は、入試の代わりに性格分析テストを行ない、テストの結果、つまり、生徒の性格別にクラス分けしていた。100問程度の設問でよく性格分析できるな、と感心したのだけれど、いざ入学してみると、クラスメイトの80パーセントくらいが金髪ピアスの未成年喫煙者で、いわゆる「ヤンキー」と呼ばれる人たちだった。テストが当てにならないのか、はたまた櫻井はヤンキーなのか。

ちなみに、女子生徒の割合も80パーセントくらいだった。残り20パーセントの男子もほとんどが不登校だったため、ちゃんと授業に出ているのは櫻井ともう1人くらいしかいなかったし、その1人も数ヶ月後には別のクラスへ移動になった。数ヶ月で性格が変わった、ということなのかもしれない。

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