オンリー・イエスタデイ

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今でもふと思い出すのが、小学生のころ、教師から逃げ出して隠れていた、古びた旧校舎の裏で見た曇り空である。固いコンクリートの階段に腰かけて、手のひらにざらざらと冷たい感触を受けながら、櫻井は流れる雲をじっと睨んでいた。その日は風が強く、狙いを定めていた雲の起伏は、校舎の陰から陰へあっという間に移動していく。帰りのホームルームの時間だから、風が止むと耳鳴りがうっとうしくなるくらい静かだった。

荷物は教室に置きっ放しである。それを回収しないことには家に帰れない。いつもと違うことをすれば、何かあった、と母に勘づかれるからだ。教師もそれがわかっているから、きっと教室で待ち伏せているだろう。せめて、クラスメイトとは顔を合わせたくない。早くホームルームが終わらないかな、と下校のチャイムを待っていた。

曇った空を睨みながら、櫻井は「ひょっとしてこれは夢なのでは」と空想する。叱られるようなことは何もしていなくて、今日1日をまたやり直せるのではないか、と。だけど、いつまで経っても目は覚めなくて、憎たらしい雲と風の音が櫻井に現実を突きつけていた。流れる雲をスクリーンにして、未来の自分を上映する。呆れ顔の教師の前で、必死に涙をこらえる自分の姿が見えた。

長らく同じ姿勢をとっているせいで、手のひらとおしりの感覚がない。少しだけ身体を揺らすと、ひじやひざといった関節に甘痒い痛みが走る。何かに寄りかかりたかった。チャイムはまだか、と幼い櫻井は放課後を待ち望んでいる。

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