憎まれっ子は世にはばかるのか

憎まれっ子世にはばかる」という言葉があります。「人の恨みを買うような人間が出世する」という少々ひねくれた言葉です。これを「世の中は理不尽だ」みたく否定の意味でこの言葉を使う人もいますが、「周りの反感を買うほどに意思を貫いた者が成功する」といった肯定の意味でも用いられます。もともとどちらが正しいのか定かではありませんが、幼少期に読んだ本には肯定の意で紹介されていたため、僕は肯定的なイメージを持っています。

この言葉が強く印象に残っているのは、僕が憎まれっ子だったです。良く言えば「やんちゃ」ですが、よく言われたのは「問題児」です。母に言わせれば僕は「トラブル・メーカー」だそうです。口より先に手が出るタイプだったので、クラスメイトからも教師からも忌避されていたでしょう。

本によれば憎まれっ子は大成するそうですが、僕はちっとも成功しませんでした。人を惹きつけるどころか、どんどんひとりぼっちになります。なんのひねりもなく、憎まれっ子は嫌われっ子なのです。大人になった今も憎まれっ子のままですが、相変わらず世にはばかっていません。



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こうした経験から僕は「『憎まれっ子世にはばかる』は正しくない」と思っていました。ところが周囲の話を聞いたり観察したりして、ある時「世の中は問題児だらけだ」ということに気がつきました。僕のように目に見えて明らかな問題児もいれば、陰で悪いことをしている人もたくさんいたのです。問題児じゃない、いわゆる「普通の人」を見つける方がよっぽど難しいのです。人間誰しも爆弾の1つや2つ抱えているものです。

このような統計から、僕はようやく「自分は至極まっとうな人間なのだ」という結論にいたりました。僕が思っているよりもずっと世界はひねくれています。僕の悪行も、その中では大海の一滴に過ぎません。大成しなかったのは僕が憎まれっ子でもなんでもない、ごくごく普通の一般人だからなのです。誰にでも憎まれっ子になるチャンスが与えられています

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