幼い記憶と創作論

母は、あまり食事を摂らない人でした。子どもと一緒に食卓につきますが、量は半分くらいでしたし、品数も少なかったのです。どうして食べないのかと訊ねると、「うちは貧乏だから」という答えが返ってきました。うちは裕福ではありませんでしたが、少なくとも、食べるものに困るほど貧しくはありません。つまり、母は、嘘を吐いていたことになります。

おそらく、自分の食事よりも、大事なことにお金を使いたかったのでしょう。当時の僕は、そこまで頭が回りませんでした。しかし、本来得るべき食事を、子どもに分け与えている母は、立派で偉い人なのだと思うようになりました。幼稚園へ通ってたころの記憶ですが、こういった経験が、母親への尊敬に繋がっているのでしょう。

父に関する記憶といえば、幼稚園で、「父の日なので、お父さんの似顔絵を書きましょう」という宿題を与えられた時のことを思い出します。配布された紙には、下の写真のように、あらかじめ輪郭だけ書かれており、その輪郭に沿って似顔絵を描く、という課題でした。

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しかし僕は、「なぜ、この線(輪郭)に沿って書かなければならないのか」と疑問に思い、以下のように描きました。



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当然、「ティモくん、違うよー」と、描き直すように言われす。僕にとっては違いませんし、どうして直さなければならないのか理由を求めましたが、満足いく理由は説明してくれませんでした。結局、僕が強情になることで迷惑になるのは、僕ではなく、監察責任者である母親なのだと気がついて、「尊敬する人物を困らせてはいけない」と、しぶしぶ従ったのでした。

父は、その絵を部屋に飾っていました。僕が20歳になって家を出るまで、っているのを確認しているので、今でも飾っているかもしれません。僕にとっては、燃やしてしまいたい、面白くない絵ですが、父にとっては、そうでもないようです。創作における、「作者が何をどう思って作ったか」は、受け手が感じる良し悪しとは無関係です。

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