ウェン・シー・ワズ・ゼア

彼女は校内で最も尖ったミュージシャンでした。気に入らないものはやらないし、できないものは即座に諦めます。大声で笑っていたかと思えば、急に顔を赤くして怒ったり、次の瞬間には涙を流して泣いていたりします。いつも不満や愚痴を漏らしていましたし、相手が傷つくことを平気で口にします。もちろん、空気なんて読みません。自分の主張が通らないとすぐに機嫌を悪くします。端的に言って、わがままな女性だったのです。

歯に衣着せぬ態度を取り続けていたもですから、彼女は校内でも浮いた存在でした。特に同性から嫌われていましたし、異性からも鬱陶しく思われていました。ひょっとしたら、講師からも面倒に思われていたかもしれません。目に見えて友人は少なく、誰も彼女と関わろうとしませんでした。悪い噂ばかりが彼女の周りを取り巻いていたのです。

そんな彼女の性格の悪さを、僕は気に入っていました。腹が立つことはありましたが、裏表のない、正直な態度は信用に足ると判断していたのです。人付き合いの苦手な不器用さに共感していたところもあります。なにより、彼女の音楽は卓越していたのです。その尖った信念を、音で表現できるほどのスキルとセンスが彼女にはありました。歳もそう変わらないのに、彼女は自分の世界を確立していたのです。



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しかし、彼女がミュージシャンとして成功することはありませんでした。皆が求めているのは高い音楽性よりも利便性であり、融通が利かない道具は使い物にならないのです。アーティストとしては一流でも、ビジネスマンとして彼女はあまりに不器用過ぎました。性格と評判の悪さが先行したせいで、「あいつは下手だ」と間違った評価を受け続けたのです。

どんな業界にも共通して言えることですが、人間関係を築けない人はどれだけ才能があっても活躍することはありません。仕事の能力だけでは一部の人間からしか評価を得られず、大衆を動かすことはできないのです。本心を隠した八方美人が結果を残すのです。

セッションへ行っても、平均的なミュージシャンばかりです。当たり障りのない演奏はテレビショッピングの三文芝居のようで、もっと尖った演奏がしたい、そう思う度に彼女のことを思い出します。

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